はじめに

我々東北大学天文同好会は、グレージング(grazing)という天文現象の観測を行っています。
これは、恒星が月にぎりぎり隠される現象の観測で、
月面の地形や、地球と月との位置関係を調べるために役立つものです。
この観測は我々だけではなく、仙台天文同好会など他の団体とも協力して、
宮城県を中心とした東北の各地に遠征することもあります。

グレージングとは?

月は地球の回りを回っているため、地球から見ると、
恒星が張り付いた天球上を月が大体決まった経路に沿って動いていくように見えます。
その際、月の動いていく見かけの経路上にある星(恒星)が隠されることがあります。
これを「星食」または「掩蔽」(えんぺい)と呼びます。
ほとんど無限に遠いところにあるとみなせる恒星に比べると、
月はずっと近いところ(平均距離38万km、地球の直径の約30倍)にあるため、
地球上のどこから見るかによって、恒星に対する位置が少し変わってきます。
そのため、ある場所から見ると隠される星が、
別の場所から見ると隠されないということも起こります。
星が隠されるか隠されないかの境界線を「限界線」といい、
この線の上では、星が月の縁をギリギリ掠めるように通っていくことになります。
これがグレージング(grazing)で、「接食」とも呼ばれます。
英語のgrazeには「掠める」「かする」というような意味があります。
実際の月は完全な球体ではなく、山や谷などの地形による凹凸があります。
そのため、月の縁を掠める星は、山で隠されたり谷から出たりして、
何回か点滅を繰り返すように見えることもあります。
そして、星が現れたり消えたりするタイミングや、星が消えている時間、
点滅する回数が、数十mや数百m離れるだけで大きく違ってくることもあります。
このタイミングを正確に記録することで、月の地形が数百mという精度で分かります。
これは月の周りを回る衛星による観測よりも高い精度です。
1地点の観測者だけでは、月の地形のうち、ある1本の線で切った1断面しか得られません。
しかし、少しずつ離れた地点にたくさんの観測者を配置することで、
広い範囲の月の地形が浮かび上がってきます。
多くの人が協力して一つの成果が出るという楽しみがあるのです。
観測地点によっては、数十秒間~数分間に5回以上もの星の点滅が見られることもあり、
非常にダイナミックな現象になります。一方、少し場所が違っただけでも、
星が月に隠されないまま終わってしまったり、逆に深く隠されすぎて、
1回消えて何分も消えたままになったあと1回現れて終わりになってしまったりすることもあり、
どの観測地点を選ぶかによって面白さが大きく変わってきます。
月の地形はまだよく分かっていない地域も多いので、
観測地点の選び方にある意味ギャンブル性があり、これもまた楽しみの一つです。

観測までの流れ

 実際にグレージングを観測するには、事前に様々な準備が必要です。
まず、天文年鑑に掲載されている1年間のグレージングの中から、
仙台の近くで観測できる現象を探します。
それぞれの現象の限界線のデータを地図にプロットして限界線を引き
(これを「線引き」と呼んでいます)、観測地点として使えそうなポイントを探します。
周囲に障害物や照明がなく、交通量が少ないところが望ましいので、
市街地から少し離れた田んぼを通る細い道を選ぶことが多いです。
 多くの場合は仙台市天文同好会など他団体と合同で行うので、
他団体の方々とも連絡を取り、集合場所と集合場所を決めます。
また、我々の同好会からの参加人数を確認し、持っていく機材と、観測地点数を決めます。
機材数に制約があり、また経験が少ない初心者が参加することも多いため、
観測地点数が参加人数より少ないことも多くあります。
 当日は車に人と観測機材を乗せて集合地点へ向かいます。
参加者が集まったら、線引きして観測ポイント候補を書いた地図を配布し、
誰がどの地点で観測するかを決めます。地点によって面白さが大きく変わってくるので、
ここでの選択はかなり重要で、じゃんけんなどで人気ポイントを争うこともあります。
決まったら、それぞれが観測地点に向かい、機材のセッティングをして現象時刻を待ちます。

現象の観測

 観測に持っていく機材としては、まずもちろん望遠鏡が必要です。
多くの場合、望遠鏡の筒の部分(鏡筒)と、
星の動きを追尾するための赤道儀を持っていき現地で組み立てます。
また、現象時間を正確に記録するため、時報を受信できる短波ラジオと、
音を録音するためのテープレコーダー(テレコ)も必要です。
機材の準備には意外と時間がかかるため、
観測地点には1時間ぐらい前に到着し余裕を持って準備するのが理想です。
 望遠鏡を組み立てたら、望遠鏡を月に向け、
その近くに迫っているはずの対象星を探します。
星を見つけたら、現象時間まで見失わないようにしなければなりません。
また、時ラジオから時報を大きな音で流し、それをテレコに録音します。
これはあとで時刻を特定できるようにするためです。
このとき観測の条件なども喋って一緒に録音しておきます。
 いざ現象時間になると、星が一瞬にしてフッと消える瞬間が訪れます。
その瞬間「D!」と叫びます。これは「Disappear」(消滅)のDです。
また、星が再び現れたときは「R!」と叫びます。これは「Reappear」(再出現)のRです。
この叫び声がしっかり時報と一緒に録音されていれば成功です。
慣れないうちは、星が消えたり現れたりした瞬間戸惑って
叫ぶのが遅れてしまうこともありますが、慣れると叫ぶまでの時間も一定してくるので、
反応時間を補正すると0.2秒ぐらいの精度になります。
 「D」と「R」は1回ずつの場合もありますが、
月の地形の関係で何回も点滅を繰り返す場合もあります。
現れたり消えたりしたのが1回ずつなら「1D1R」、3回ずつなら「3D3R」などといいます。
運が良いと5D5R以上になることもあり、回数が多いほど大成功ということになります。
DとRの数は基本的には同じですが、雲が出たとか星を見失ったなどの理由で、
消えた瞬間は確認できたがいつの間にか現れていた
(あるいはその逆)などという場合もあり、
数が違ってしまうこともあります。

観測後

 星が完全に月から離れていったら観測は終わりです。
手早く機材を片づけ集合場所に戻り、各班が何D何Rだったかを他の参加者に報告します。
帰った後はテープ起こしをして、一緒に録音されている時報を手がかりに、
それぞれの「D!」「R!」が何時何分何秒かを正確に記録します。
観測地点の情報など他のデータも合わせて報告すると、
数ヵ月後の天文ガイドに名前が載ることになります。
written by Mizuki Sato(2010)..

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